東京高等裁判所 昭和51年(ネ)918号 判決 1977年12月21日
控訴人
並木道良
右訴訟代理人
桑田勝利
被控訴人
馬橋恵美子
外三名
右四名訴訟代理人
岸副儀平太
主文
原判決を次のとおり変更する。
控訴人は、被控訴人馬橋昌子に対し、金一二万二八一六円、その余の被控訴人らに対しそれぞれ金八万一八八二円およびこれらに対する昭和四九年一一月二三日からその完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
被控訴人らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審を通じ、三等分しその一を控訴人の、その余を被控訴人らの各負担とする。
この判決は、被控訴人ら勝訴部分にかぎり、仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一当裁判所は、被控訴人らの本訴請求についての請求の原因は理由があると判断するが、その理由は、原判決八枚目表一一行目から九枚目裏九行目までと同一であるから、これをここに引用する。
二そこで、控訴人の主張する相殺の抗弁について、判断する。
1 控訴人が昭和四一年一〇月ころ、馬橋春海に対し、農地買付けの斡旋を依頼したことは、当事者間に争いがない。
2 控訴人は、春海は、契約の受任者として、所有者の売値で売買を仲介斡旋すべき義務があると主張するから、この点について判断する。
物件の買付けの斡旋の依頼を受けた者は、受任者として、委任者のために、目的物件の買付けの仲介、斡旋につき誠実に事務を処理すべきことはもちろんであるが、その場合において、委任者と受任者間において、仲介手数料の支払の約定が成立しているときには、仲介、斡旋の点について、受任者の利益は確保されているのであるから、当事者間で特約が成立しているなど特段の事情のないかぎり、受任者は、受任義務の履行としてできるかぎり委任者の利益を図るべきであるから、売主の売値が確定的に示されて、売買が成立すべき事情のもとでは、示された売主の売値のほかに、自らの利益を図り、とくにその分を上乗せなどすることなく、そのままの売値で仲介、斡旋すべき義務を負つていると解するのが相当である(不動産の取引仲介において、約定の仲介手数料以外に、仲介人が自己の利益を図る目的で取引値段に、仲介人の取得分を一部上乗せして売買等の契約の成立を図ることは、ままあるようであるが、当事者間に特約が存する特段の事情のないかぎり、このようなことは、当然には法的に正当とされるものではない。)
ところで、<証拠>によれば、本件においては、控訴人と春海との間に仲介手数料として不動産価額の三分を支払う旨の約定が成立し、控訴人は春海に対し右仲介手数料を支払つたことが認められるところ、かかる仲介手数料を支払うべき旨の約定の成立した本件においては、春海が別に個人の利益を加えた値段で、売買を斡旋、仲介すべきことを控訴人において許容するような特段の事情は、証拠上何一つ認められないから、春海は、受任者として、委任者たる控訴人に対し、売主自身の定めた売値そのままで、売買を斡旋、仲介すべき義務を負つていたものというべきである。
3 <証拠>を総合すれば原判決添付別紙「損害目録」記載の1、3ないし7の不動産については、その記載のとおり、春海は、各所有者からは、「所有者の売り値」欄記載の値段で買い受けていながら、地主から直接の買受けを希望する控訴人に対しては、わざわざ、第三者をして真実の地主であるかのように装わせたうえで右第三者をして真実の地主名で記名押印させるなどして売買契約書を偽造し、被控訴人をして、右第三者が真実の地主であると思わせて、売買契約を成立させたのであるが、その売買値段は、同別紙の「春海の売り値」欄記載のとおりであつて、真実の地主の売り値よりもかなり高額であり、その差額の大半を春海において自己の利得として得ていたことが認められる(所有者の真実の売り値が「所有者の売り値」欄のとおりであり、春海より控訴人に対する売却価額が「春海の売り値」欄のとおりであることは、別紙損害目録の1、3ないし7の土地については、当事者間に争いがない。)ところ、春海が、前述のように、受任者として誠実に斡旋、仲介義務を履行したならば、控訴人は、「春海の売り値」欄記載のような多額の金員を出捐することを要しなかつたはずであり、したがつて、控訴人は、春海の前記の債務不履行により右に対応する損害欄記載のとおりの損害を被つたものというべく、春海は、右損害を賠償すべき義務がある。
<中略>
4 この点と関連して、被控訴人らの本訴請求債権が民事訴訟法一九八条二項にもとづくことから、控訴人の主張する債権と相殺することができるかとの問題については、同条の規定は、上訴審の取消判決等により仮執行の宣言等が失効した場合に、仮執行債権者に対し、特に原状回復および損害賠償の義務を負わせたものであつて、民法五〇九条にいう「不法行為ニ因リテ生シタル」ものには該当せず、また、民事訴訟法一九八条二項による申立が当該上訴審手続でされたようなときには、審理および法律関係の回復の迅速ならびに一括解決の要請からみて、反対債権との相殺を認むべきではないということも考えられないわけではないけれども、本件のように、別訴により、同条にもとづく請求をしているようなときには、かかる特別の要請も存しないから、たとい前訴の請求債権と請求の基礎たる事実関係を同じくする債権であつてもこの債権を自働債権として、同条の申立にかかる債権と相殺することが禁じられるいわれはなく、したがつて、控訴人のする相殺は適法であるというべきである(大判明治四一年三月一一日民録一四輯二六一頁参昭)。
<後略>
(荒木秀一 中川幹郎 奈良次郎)